コラム「大河ドラマ『豊臣兄弟!』をより楽しむために」第5回
第5回 秀吉と征夷大将軍
「豊臣兄弟!」でも重要な役どころとなる足利義昭は、室町幕府最後の将軍です。兄である第13代将軍足利義輝が暗殺されたため、義昭も命からがら京都から逃亡し、しばらく流浪の生活を送りました。やがて織田信長に擁立されて京都に戻ることができ、第15代将軍となったのです。しかしその信長と対立するようになると、諸方の戦国大名へ信長を倒すように働きかけましたが失敗し、再び京都を追われることになりました。その際の義昭の様子はとてもみじめな有り様だったらしく、『信長公記』には民衆から「貧報(貧乏)公方」と嘲笑されたと記されています。
ところで、秀吉が関白となったことは有名ですが、「どうして秀吉は将軍にならなかったのか」という疑問をよく耳にします。また、これに対する答えとして「秀吉は卑しい身分の生まれだから将軍になれなかったのだ」というのもよく聞くところです。この点についてお話ししたいと思います。
推測になりますが、おそらく秀吉は、将軍という地位にあまり魅力を感じていなかったのではないでしょうか。秀吉と同時代の将軍といえば、まず13代義輝がいますが、先述したように暗殺されてしまいました。その後、反義輝派によって擁立された14代義栄は、敵も多かったため京都に入ることすら叶わず没落しています。そして「貧乏公方」義昭です。これでは秀吉が「将軍になれば自分の地位は安泰だ」などと考えるはずもありませんよね。実際、単純に比較すると、将軍よりも関白の方が地位は高かったので、秀吉は関白を選んだのだと思います。
ちなみに「秀吉は源氏の血統ではないから将軍になれなかった」というのは誤りです。源氏以外で将軍になっている事例は、秀吉以前にたくさんあります。秀吉は、なろうと思えば将軍になれたはずです。しかし、あえてならずに関白となりました。そしてそのことが、後の歴史に大きな影響を及ぼしていくのですが、それはまた別の機会にお話ししたいと思います。
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