夢のステップ 甲子園まで(卒業生インタビュー)
12月11日付の読売新聞の連載「あれから」に、本校平成11年卒業・田村知佳さんの記事が掲載された。現在横浜隼人高等学校で保健体育の教員として、
また女子野球部監督として活躍する田村さんの来し方を、記事を要約して紹介する。
元プロ野球選手の父・登志親(としちか)さんの影響で、小学生の頃から男子に交じって野球をしていた田村さん。久我山中学入学後も地元チームに参加していたが、高校生になると女子はプレーする場が限られてしまう。そこで中学3年の秋、野球部監督に直談判。初の女子部員として練習に参加するようになった。自ら「特別扱いはしないで」と希望し、練習メニューは男子と同じ。ノックの打球が当たって脚があざだらけになってもひるまない田村さんを、チームメイトも受け入れた。規定上、公式戦には出られないが甲子園を目指す仲間に少しでも近づこうと練習に励んだ。
1998年7月26日、神宮球場で開かれた全国高校野球選手権・西東京大会準決勝。國學院久我山は甲子園の夢を懸けて桜美林と対戦するも、サヨナラ負けを喫した。チームメイトの無念にスタンドで涙した高3の田村さん。しかし、夢はそこで終わらなかった。
大学入学後、女子野球と出会った田村さんは練習に邁進。’03・’04年と女子野球世界選手権の日本代表に選ばれ、2年連続で世界一に輝いた。横浜隼人高校に奉職後は初心者の女子生徒を集め、野球の練習を始める。そして今夏の全国高校女子硬式野球選手権大会。田村さん率いる横浜隼人高チームは8月2日の決勝戦に進出。新潟の開志学園高を破り、夢の舞台である甲子園球場で優勝を勝ち取った。
現在は連覇を目指して部員を指導するかたわら、女子野球の普及活動にも力を入れている田村知佳さん。今後益々のご活躍を祈りたい。